私はこういうお参りの旅は初めてです。亡姑は檀家さんから頼まれてあちこちお参りの旅を企画してました。
ずっと昔の善光寺参りから、西国、知多半島新四国、秩父などです。どんな風にしたらよいのか、私には
よくわかりませんが、まずは準備を始めました。
1,今回お参りするお寺の簡単な解説
2,朱印帳
3,御詠歌の楽譜
4,参加者名簿
これらを用意して、参加者に事前に配りました。御詠歌を習っている人はいないのですが、一応各お寺で
お唱えするつもりなので、だんだんメロディを覚えて貰えるかも・・・と思い、住職の案で楽譜を用意しました。
朱印帳ですが、これは作ることにしました。もっと早く始めれば良かったのですが、なんせそらの道まつり
という大イベントがあったので、遅くなってしまい、やっと28日にできあがりました。でもオリジナルの
すばらしい朱印帳ができました、見て下さい。
表紙は在庫の和紙を使ったのでいろ いろです。でもどれも素敵。 |
表紙をめくると秘在寺本尊11面観音の 写真 |
札所の番号・寺院名・ご本尊 宗派・所在地とともに御詠歌を 書いてあります。「きよみず」のふりがなが ずれてしまった(^_^;)、残念。 |
パソコンで原稿を作り、和紙風のコピー用紙を買って輪転機印刷し、それに和紙で表紙を付けて
貰いました。原稿作りも面倒だったけど、製本をやって急いでやって下さった紙漉同好会の会員さんに
感謝です。
お遍路さんというと白衣に菅笠のスタイルを思い浮かべますが、今回は初めての 人も多いし日帰りなので、普段着に輪袈裟をかけて行くことにしました。 |
以前に姑に連れられて西半分の一国参りをした人もいて、その方たちには 「笈摺(おいづる)」に御朱印を貰ってきてと言われました。 御朱印も12/4は日曜であり、人数も多いので、当日はとても無理。 事前にいただきに行って貰うことになりました。 |
@(静岡)法明寺→増善寺→建穂寺→耕雲寺→徳願寺→歓昌院→(焼津)法華寺→安養寺
今までで一番寒い日でした o(>_<)o
予報では前後は良いのに今日だけ午後は雨、全国的に荒れ模様です。心配しましたが
大して降られず、まが風はなく、しんしんと冷える日ではありましたが、一人の欠席者も落伍者もなく
元気に行ってきました\(^o^)/。
集合
今日は防災訓練の日です。7時半に町内の各組ごと 指定場所に集まり、点呼を取りました。 その後8時に寺に集合、お参りの時唱える延命十句観音経 ・般若心経・普回向の練習をし写真を撮って出発しました。 |
@ 十七番札所 高福山 法明寺 (曹洞宗 ご本尊 千手観音)
山門の仁王像 | 早速読経と御詠歌です。 |
数十年前までは足久保川に架かる橋がなく、寺に行くには川を渡って行ったそうである。
今では門前まで車で上っていくことができるが、途中のT字路で、私たちの乗った三十三人乗りの
バスはもしかして曲がりきれないかも知れないと旅行社の太田さんが言っていた。
しかし運転手さんはさすが、切り返すこともなく一発で左折した。その後山道を上っていったのだが
舗装はしてあるものの傾斜は急で、カーブもきつい。初っ端からハラハラするような道だった。
そのT字路でおろされたらずいぶん長い道のりを歩かなくてはならなかったので、運転手さんに感謝。
お参りを済ませ、下り始めたがカーブでは何度も切り返してやっと曲がれた状態で、通り過ぎた時には
運転手さんにみんなから思わず拍手が湧いたのだった\(^o^)/。
A 十六番札所 慈悲尾山 増善寺 (曹洞宗 ご本尊 千手観音)
増善寺の寺庭さんとは、以前に市仏教婦人会の役を 同じ時期にやったことがあり、その後もおつきあい いただいている。と言っても年に一度おしゃべりするか どうかだが、久しぶりにお会いできて嬉しかった。 |
B 十五番札所 瑞祥山 建穂寺 (現廃寺 ご本尊 千手観音)
・駿河の古寺として知られる建穂寺は、今は廃寺となってしまい、観音堂があるのみ。
仁王像 | 仁王像 | 観音堂 | 観音堂内部 |
大応国師像 | たくさんの仏像が | 寺領480石の朱印状 | 左端がご本尊千手観音 |
建穂寺は現在は町内で管理している。11時に行くと連絡しておいてくれたのだが、予定より早く
到着したので、鍵が開いておらず、お参りしただけで帰ろうとした。そこへ(近くで防災訓練をしていたので)
通りかかった町内の方が鍵を取りに行って下さり開けてくださった。
私たち数人が残っていただけで他の人たちはバスへ戻ってしまっていたのだが、せっかくなので
中に入れて貰い、説明していただいた。風神・雷神・大応国師像・行基菩薩・閻魔大王・不動明王など
たくさんの仏像があり、中を見て本当に良かった。
それにしても、足利・今川・武田・徳川の各時代に手厚い保護を受けて栄え、21の塔頭があった
という建穂寺が、火災にあったとはいえ明治の始めに廃寺になってしまったというのは、信じられない。
もっとも江戸時代末期には衰退していたらしい。「建穂寺編年・現代語訳」という本をここでいただいて
きたので、またゆっくり読んでみようと思う。
檀家寺ではなく学問寺であったこと、明治になり保護者を失い廃仏毀釈の嵐にあったことが原因だろう
が、当時の姿を見てみたいと思う。同じように、今は久能山東照宮のあるところに久能寺があり
建穂寺と共に駿河の仏教界をリードしていたという。一時は東国の比叡山と言われるほど栄えた
そうだが、タイムスリップして両者の姿を見ることができたらなあ。
余談になるが、私の村では秋になるとお日待ちがある。その日には普段閉じているお宮さんを開け、
村の中の当番の組が料理を持ち寄り、禰宜さんがいらして収穫を感謝する。その後お酒を飲み料理を
食べる。その時季にはあちこちのお宮さんにのぼりが立つ。秋だなあと思う。
うちの組が当番の時、私は初めてこの様子を見たのだが、何百年も前からこの時期にはこういう風に
していたのだろうなあと不思議な気分がした。もちろんお宮さんももっと粗末だっただろうし、食べ物も
そうだろう。でも自分がその時代の人になったような気分がしたのだ。秘在寺は開山500年近くになる。
少なくとも500年以上前からここにこうして人々が住んでいた。時々村の人に昔の話を聞くことがある。
50年前でも道は今と全然違うらしい。そんな景色を想像し、ああ見てみたいなあと思う。
昔話を聞くのはとても楽しい。
C 十四番札所 牧ヶ谷山 耕雲寺 (臨済宗 ご本尊 聖観音)
・牧ヶ谷は昔、馬を飼育する官牧があったといわれる。耕雲寺は増善寺の末寺であったが、江戸時代に
一時廃寺となりのちに臨済宗となった。
今日の行程の中で唯一同じ臨済宗妙心寺派の寺である。
観音堂
ここで昼食、バスの中でお弁当を食べた。外は寒い。
D 十二番札所 大窪山 徳願寺 (曹洞宗 ご本尊 千手観音)
ここは参道を歩いて上らなくてはならずけっこうきつい。
乗用車ならお寺まで上れ、上には少し駐車場もあるが、下にはなく路上駐車の予定だった。
偶然すぐそばに床屋の檀家さんがあり、止めるところを世話してくれた。
お参りが済んでバスに戻ると、寒いのに出迎えてくれたので、
みんなで手を振ってさようなら、町外の檀家さんとのふれあいが寒さをひととき忘れさせてくれた。
落ち葉を踏みしめ登る。まだ見えない。 | やれやれやっと到着。 |
境内にはあひるがいた。 | みんながんばって上ったので記念写真 |
サザンカのトンネルがきれい。 境内の黄色と赤のセンリョウ。 |
|
安倍川を臨む(ずいぶん上ったんだなあ) |
上りもきついが、下りも大変。石がガラガラしている上に、落ち葉で滑りやすくなっている。
でもさすが、最高は83歳から70代の皆さんも含めて全員歩いて登った。
E 十三番札所 天桂山 歓昌院 (曹洞宗 ご本尊 千手観音)
私がお茶の稽古に行っている吐月峰柴屋寺の少し先を右折して上ったところにある。
狭い道なのだが、上り始めたところ、観光バスと鉢合わせしてしまった。しかも2台。またもや運転手さん
に難題、延々と細い道をバックするという羽目になってしまった。こんな道を観光バスが?と思ったのだが
歓昌院の手前にはとろろ汁で有名な待月楼があり、ツァーコースになっているらしい。
待月楼の上には広い駐車場があり、観光バスが何台もいた。みかん狩りなどを組み込んだコースのようだ。
予定ではこの後安養寺に行くはずだったが、道路事情により、先に焼津の法華寺に行くことにした。
F 十番札所 高草山 法華寺 (天台宗 ご本尊 千手観音)
焼津市ホームページによると
ここ花沢は高草山の山峡に万葉の古道に沿って、詩情にあふれる花沢の里があります。
この里には長屋門造りの美しい家並み、水車小屋、炭焼小屋等があり、歴史探訪コースとなっています。 高
このことは何も知らずに行ったのだが、各家でのみかんなどの無人販売、CAFFEE(庭で)、手作りパン
などの表示に観光客が多いのかな?という感想を持ったのだった。家の造りも独特で庭が広い。
今日はそれらしき人たちは全く見かけなかったのだが気候の良い時期にはにぎわうのだろう。
しかし、バスを降りた後、法華寺まではけっこう距離があった上にのぼりで大変だった。
寺の境内を通り日本坂へ登っていくと静岡市小坂に抜けられる、古代からの東海道の名残というが
今の感覚で言うと山のどん詰まりの感じなので、大伽藍が並んだというのがどうしても想像できなかった。
G 十一番札所 仏谷山 安養寺 (曹洞宗 ご本尊 千手観音)
さぁいよいよ最後。「今度は歩かないだろうなあ」と誰かがふともらした言葉に「そんなことないでしょ」と
言ったのだが、そうでもなかった(^_^;)。
家康お手植えの みかんの木 |
雨もほんの少し降っただけ、風はなく寒い日ではありましたが、無事に行ってきました。
安養寺のお参りを済ませたところで「まだ一つや二つ行けるよ」 (^。^)v、皆さん元気です。
帰り道、安倍街道に入りだんだん郷島が近づいてくると、今までよりも地面が濡れています。こちらの方が
たくさん降ったようです。そして奥の山を見ると高いところが白くなっています。どうやら雪が降ったようです。
今日は今までで一番寒い日でした。たぶん通常の12月の気温より低かったでしょう。
「家にいた方が寒かっただろうよ」とどこまでも元気な皆さんでした。
次回は1月末か2月はじめ、そして3月にもう一度計画して、今年度中に半分を済ませることにしました。
お疲れ様。
***一回目を終えて感じたこと***
・どのくらい時間がかかるか、予想がつかなかった。28人という予想よりも大勢になったので、バスの乗降
から目的地までの往復にもそれなりに時間がかかるだろう、トイレはお参りしたお寺で借りることにしてい
たが、寒い時期なのそれも時間がかかるだろう、8ケ寺に行く計画を立てたが、廻りきれないのではないかと
思った。ところが速い速い。
・今回はできるだけたくさんのお寺に行くつもりでのんびりしなかったが、せっかく行くのだからただお参り
するだけではなく、各お寺をもう少しじっくり見学した方が良かったと思う。そうそう何回も行けるわけでは
ないから。
・昼食は予定が立たないのでお弁当にした。せっかくだからその土地のおいしいお店で食べられれば
良いのだが、この人数では予約しないと無理だし、予約した時間にそこに確実に行けるか、それは
難しい。せめてちょこっと休憩してあたたかい物でも飲めると良かったかな。
・太田さんが朱印を貰ってくれたのだが、この数だとやはり「置いていって欲しい」と言われるので
何度も足を運んだそう。今回は焼津の法華寺を除いて市内だったから良いが、これからだんだん
遠くなる。何か方法を考えなければと言っていた。
・40代から80代までが1日一緒に過ごした一国参りの旅、それなりに楽しかったようで、企画した立場と
してはほっとした。檀家さんとの初めての参拝旅行だったが私も楽しめた。